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しなやかな曲線

2011年08月04日 23:39

道路というものは、得てして直線的な構造だと思いがちだが、実はほとんどが曲線。
それも、平面だけでなく立体的に捉えると、直線なんてほとんどないことが分かる。

首都高速箱崎JCT。言わずと知れた、ジャンクションの聖地。
一体、何人もの人々がここから見上げ、撮影し、溜息を吐いたことだろう。

昼間に訪れてもいいのだが、やはりここは夜に来るべきだと思う。
本線の街灯や、その下の一般道路を照らす街灯がとてもいいアクセントになってくれる。

Nikon D300s+Tokina AT-X 124 PRO DXⅡ

箱崎JCTからほど近い、隅田川に架かる隅田川大橋。絶妙なラインで、首都高速と縦に並行して連なる。
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Nikon D300s+SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM

まるで、龍が通り過ぎていくような光景。
ビルとビルの間を、華麗にすり抜けてゆく―。
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震災当日の通信状況

2011年04月01日 01:31

私は、最初の地震発生時、神奈川県内の道路で、会社の車の中にいました。ちょうど渋滞中で、幸いにも止まっている最中でした。
最初はなんだか車が左右に揺れ、ちょうど向かいから大型トラックが通ったのでそのために揺れたのかな?とも思ったのですが、トラックが通り過ぎても揺れは収まりません。強風?とも思いましたが、そうではないよう…と思っていると、乗っていた車がボコボコ跳ね出しました。
これは地震だ、それもかなり大きい!と感じ、多少車の列が動いたのですがそのまま止まっていました。個人的な感覚ですが、首都高速6号向島線で両国JCT渋滞の時と同じかそれ以上の揺れ具合でした(この表現は分かる人は少ないかも・笑)

今回は、ここからが本題です。

地震直後、身内が心配になったので、すぐに自前の携帯電話(SoftBank)で連絡を取ってみたところ、何度かけ直しても繋がりませんでした。そのときFMでは、かなり大きい地震だった、まわりに気をつけてと繰り返し言っている。そのうち、三陸沖で大地震が発生した、津波に注意するように、と報道し始めた。
これはかなりヤバいことになったのかも、と思い始め、会社の携帯電話(au)で会社にも連絡を取ってみる。が、やはりこちらもかからない。何度かけてもかからない。

向かっていた取引先のお店が近くだったので、とりあえず向かってみる。街そのものは平装だが、今思えばなんとなく空気が違っていた気がする。

お店に着いてみると、従業員は全員駐車場にいました。私たちが来るまで、2度大きな地震があった、とも言われました。走っているときは気づかなかったなぁ。

そこでも連絡を取ってみるも、SoftBankもauも全く繋がらない。これは規制かけれられているかも、と思いましたが、そのときは実態は分からず。後日、ニュースで関東一円だけでも5~9割の規制が入っていた、と知る。
音声がだめならメールはどうだ?と思い、身内にはメールを打ってみるも、サーバが受け付けてくれない。と地震発生後から45分後くらい経った頃、会社の携帯が鳴る。会社の固定電話からだった。
ようやく繋がるようになったかと思ったけど、その後はやはり繋がらなくなる。どうやらチケット争奪戦のように、繋がるかどうかはタイミングらしい。そう思っていると、自前の携帯が鳴る。身内からで、ずっと繋がらなかったがやっとかかった、ということだった。固定電話の実家は繋がったけど、特に携帯電話は繋がりにくいということだった。

この時、iPhoneのインターネットも繋がりにくかったが、全く駄目というわけでもなく、繋がったり繋がらなくなったり。基地局によっても差があるように感じた。

でもここで不思議なことに、ツイッターだけはなんなく繋がり、発信もできることを発見。
そこでは様々な情報がリアルタイムで飛び交い、17時にはチェーンメールとして今回有名になった「サーバ室で大けが、助けて」ツイートが私にも来る(^^;

さてここで疑問。同じインターネットなのに、なぜ、メールは飛ばず、ツイートは飛ばせたのか。
理由として考えられるのは、ツイッターのつぶやきは送信する際に1パケットだが、メールはそれに比較してパケット数はやや大きい。たったそれだけの違いだが、そこに決定的な差が出た野ではないかと思う。

私は18時に会社に帰ることが出来たが、帰りついてからも、まだ帰ってこない同僚の携帯にはまったく繋がらず。また、この時点でTVでは回線は規制されていると報道。そのため、「電車が動かず帰れないかも」と身内にも伝えられず。結局、1時間半くらい経って、一回だけ繋がるのだが…。それ以前も以後も、繋がらなかったと記憶している。
また、メールも記録をみると、当日の夜は送信が何度か失敗するけどサーバには一応届く。…が、サーバが受け付けてから相手の携帯電話に2~4時間ほど遅れて届いているみたいだった。18時に送った身内宛のメールは、22時ごろ届いたという。そういう意味では基本、メールはあまり役に立ったとは言えない。

結論を言うと、音声通信は全く駄目、メールも無いよりはマシという程度。いちばん情報源として活用できたのはツイッターなどのソーシャルメディアだった。このことは他のブログや日記でもよく目にするし、皆が同意見だった。
もともと、インターネットはどこかボトルネックがあったとしても、その部分を回避し、その先へと情報伝達するような仕組みになっている。いっぽう、携帯電話や固定電話などの音声通話は、一ヶ所ボトルネックがあると、そこで途絶えてしまう。考えてみればそれは当然のことだが、当日は全くそのことに気づかずにいたことが悔しい。

このような緊急事態の際は、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアで連絡を取り合うのが、一番のようだ。当日、皆様はどんな形で連絡を取り合いましたか?

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Nikon D300s+SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM 東京都中央区

夜でも存在感ありあり

2009年10月15日 15:43

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Nikon D50+Tokina AT-X 270 Pro

夜になれば当然ビルに当たる光も減り、窓から洩れる明かりがその存在を示す。
そのなかで、東京タワーは周りの存在感の無さを尻目に、昼間よりも一層輝きを増す。

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Nikon D50+Tokina AT-X 124 PRO DXⅡ

隅田川沿いのある一角ではオレンジ色の塔がひそかに競い合っていた。
「東京タワーと背ぃ比べっ」
そんな声が聞こえてきそうなひと時でした。

隅田川散策

2009年02月20日 16:26

古きよき時代のものと、押し寄せる近代化。

Nikon D50+Ai AF Nikkor 24mm f2.8D

隅田川沿いに佃公園を抜け、中央大橋を渡る。
見上げた空は、一点の曇りも無く、澄み渡っていた。
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Nikon D50+Ai AF Nikkor 24mm f2.8D

佃から新川へと渡り、対岸を戻る方角へ。
南高橋は、この規模では今どき珍しいトラス橋だ。
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Nikon D50+Ai AF Nikkor 24mm f2.8D

湊に入り、再び隅田川沿いに出る。
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Nikon D50+Ai AF Nikkor 24mm f2.8D

そして佃大橋を渡り、再び佃へ。
小一時間の、ウォーターフロント散策。


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