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芝浦からの夜明

2011年08月09日 00:31

東京・芝浦の夜明。
東の空が徐々に赤みを帯び、その帯が次第に広がってゆく。
漆黒の空から、青と赤のグラデーションの空へと移り変わるのに、そう時間は掛からない。

Nikon D300s+Tokina AT-X 124 PRO DXⅡ

一日が始まろうとしている。
この空の移り変わりのように、きっと東京は今日も忙しない一日になるのだろう。
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震災直後の交通手段

2011年04月18日 01:28

震災当日、交通手段は大きく乱れたことは、皆さん記憶に新しいかと思います。
話には聞いていましたが、本当に電車が動かなくなる日が来るとは、正直思っていませんでした。

関東平野に鉄道網を張り巡らせているJRは地震後から運転を取りやめ、結局終日運行中止となりました。
逆に神奈川県内の私鉄は一部ですが運行し、帰宅難民となる人数を少しは減らせたのではないかと思います。

私の職場から自宅へはJRと地下鉄を利用します。
地震後から鉄道が止まっていたのはネットやFM放送などで知っていました。ただ、首都圏は震度5以下だったので、今は止まっていても夜には動くだろう、遅くなったとしても家に帰れる、と有る意味タカを括っていました…が、18時30分時ごろ、NHKで「JRは終日運休する」という報道を耳にし、一瞬どうしよう!と焦りました(^^;
ちなみに私の場合、会社から自宅まで約27km。歩いて帰ったとして、約7時間前後はかかる計算。しかも道中は停電になっている箇所もあるということで、朝まで会社にいる選択肢も考えました。
一応、身内にはそうなるかもしれないとは伝えられていたので、あとは私自身がどうするか決める、という状況でしたので、気分的には楽でしたが…。

結局、会社の営業車を利用して各方面が乗り合いで帰るということになり、20時30分ごろに会社を出発。
ハンドルは私が握り、同じ方面の同僚を乗せ、走りました。

道中、普段より空いている箇所もあれば、いつもは全く混まない場所でガッツリ動かなくなったりと普段とは勝手の違う道路事情。カーナビで表示されるVICS情報もあまり役には立たず、自分のカンを頼りに進む夜路。
幸い、停電を起こしている地域は通らずに済み、事故もなく自宅までたどり着いたのが22時30分過ぎ。普段の倍はかかりました。いや、でも今考えると、こんなにも早く帰れたんだ、と思う。
実際、自分の知り合いなどは会社で一晩過ごしていたり、歩きやバスの乗り継ぎなどで朝までかかって帰っていたり…。普通、車で帰るという手段は選択肢にないのが当たり前だから、恵まれていたんだと思う、客観的に。

で、鉄道網は翌日には回復したのかというと、そうではなく…。動いたのは23区内を中心に、数えるほどの路線のみ。しかも大幅に本数を減らしての運行だった。こんなことは今まで経験したことない。
ちなみに、地元路線は当然のごとく動かず。仮に翌朝まで会社にいたとしても、鉄道では帰れなかった。当日の会社の判断に感謝!

当日は、安全確認でこんなにも動いていないのか、と思っていたけど、電力が足りなかったのかな、今思えば。例えば絶対的な電力もそうだし、場所場所で停電が復旧していなかったんだと思う。架線への送電はJR自前の発電で賄えるけど、踏切や信号機関係は地元電力に頼っている。そういう絡みも多分に有ったんだと思う。
でも、これが何日も続くとは思わなかったな…。

大地震が発生したのは11日。地元路線が動き始めたのは16日。しかも、50%間引きでの運行。これは何を意味するのかというと、車内は大混雑だということ。朝は普段より早く自宅を出て会社に向かったが、途中もう乗れないというような状況になり、当然電車も遅延。車内はぎゅーぎゅーのうえ、普段より倍近く時間がかかっての電車は結構しんどかった。
そして極めつけは帰るとき。普段JRに乗る駅で、すでに満員状態の電車がホームに入ってきても、降りた人数しか乗れない状態になり、一向にホームにいる人数が減らない。というか、どんどん増えてく。その上、運行率は50%…。結果から言うと、ホームに入ってから6本見送った。時間にして約100分。気温は5℃以下。身体の芯まで、冷え切ったのを覚えている。
こんなのが今後しばらく続くのかと思うと、通勤するのに気が滅入った。

そんなころ、車事情にも変化が。震災後の週末から、どこに行ってもガソリンが不足し、スタンドには長蛇の列が並ぶように。
確かに東北から届けられた映像から、関東にも大きな地震が来ることを恐れ、蓄えとしてガソリンを入れておくということは分かるが、ちょっと極端な世間の動きだったように感じる。またそのことをマスコミが煽るように報道するもんだから、より一層ひどくなった。
その事情は会社の車も煽りを受け、渋滞やガス不足で思うように動けなかった。
まあ、予想通り一週間後には落ち着いていったけど。逆に東北にガソリンが回っていなかった事実が(これは買いだめに走った関東が悪いというより、輸送網がだめで運べなかったということだが)酷いなぁと思った。

暫く鉄道網事情は悪かったが、電力が回復するのと気候が暖かくなってきたことで、徐々に間引き運転が減ってきて、関東では10日前後でほぼ通常運転になったのは良かった。これが冬に入りかけの時期だったら、暖房需要によりさらに長い時間、規制がかかったことだろう。

0505.jpg
Nikon D300s+Nikon D300s+SIGMA 55-200mm F4-5.6 DC 東京都八王子市

横浜郊外の夜明

2011年01月31日 03:48

冬の午前6時前の日曜日。まだ街は眠っている雰囲気が漂う。
動いているものといえば、朝早くから働いている新聞配達や犬の散歩で歩いている人くらいか。

地平線付近の空の色が赤くなり、そろそろ朝が訪れる。
そうそう、鉄道もすでに目覚めていた。近くを走る鉄路から、リズムを刻む心地よいサウンド音が辺りに響く。

Nikon D300s+SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM

遠くランドマークタワー周辺の空の色も、とても綺麗な色に包まれはじめた。
0399.jpg
Nikon D300s+Nikon D300s+SIGMA 55-200mm F4-5.6 DC

そろそろ、街も起き始めるのだろう。
機材を撤収する頃、少年野球に向かう子どもらが傍を通って行った。
彼らと白い息を吐きながら「おはよう」とあいさつを交わす-。

臨港パークの夜明

2010年09月15日 16:19

まだ夜明前の臨港パーク。
ところどころに照明があるものの、真っ暗に近い。
公園内に入るまでは明るいので、目が慣れるまで、歩くのがちょっと怖いくらい。

錨のモニュメントを正面から。背後には横浜港の海、ベイブリッジ。倉庫の照明が明るい。

Nikon D300s+SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM

夜明。空の一番低いところから次第に明るくなっていく。
波を打つ音だけが時折響き、潮風が海の香りを運んでくる。
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Nikon D300s+Tokina AT-X 124 PRO DXⅡ

船の出る時間は人がたくさん居るが、さすがにこの時間は誰も居ない「ぷかりさん橋」。
0380.jpg
Nikon D300s+SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM

今日も朝が訪れ、一日が始まる。


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